電子機器は、「アナログ」機器および「デジタル」機器の2種類に 分けられます。アナログ機器は、連続した電圧値を扱い、デジタ ル機器は電圧のサンプル値である離散2進数を扱います。例えば、 従来のレコード・プレーヤはアナログで、コンパクト・ディスク・ プレーヤはデジタルです。 オシロスコープも同様に、アナログとデジタルの2種類があります。 アナログ・オシロスコープと違い、デジタル・オシロスコープは A/Dコンバータを使用して、測定した電圧をデジタル・データに 変換します。デジタル・オシロスコープは、波形から連続したサン プルを取得し、波形を表示するのに十分なサンプルが蓄積される と、それを画面上に波形として表示します(図11参照)。
デジタル・オシロスコープの種類
デジタル・オシロスコープは4種類に分類できる:
- デジタル・ストレージ・オ シロスコープ (DSO)
- デジタル・フォスファ・オシロスコープ (DPO)
- ミックスド・シグナル・オシロスコープ (MSO)
- デジタル・サンプリング・オシロスコープ
この章ではニーズに沿ったオシロスコープを絞り込めるよう、オシロスコープの種類を詳しく解説していきます。
デジタル・ストレージ・オシロスコープ(DSO)
従来型のデジタル・オシロスコープは、DSO(デジタル・ストレー ジ・オシロスコープ)と呼ばれています。DSOの表示は、一般に アナログ・オシロスコープのような蛍光面ではなく液晶画面で行われます。
DSOを使用すると、トランジェントなどの1度しか発生しない現象を取込んで観測することができます。波形データは2進数のデジタル形式になっているので、オシロスコープ内部でも、外部のコンピュータでも解析、保存、出力などの処理が可能です。
波形が入力されていなくても画面上に波形を表示することができます。ア ナログ・オシロスコープと違い、DSOは信号を永続的に保存でき、 広範な波形処理が可能です。ただし、DSOは一般的に輝度の階調 表示をリアルタイムに行うことはできません。したがって、リア ルタイムに観測している信号の明るさ(頻度)の違いを表現する ことはできません。
DSOを構成するサブシステムの中には、アナログ・オシロスコー プと同様のものもありますが、波形表示機能をさらに拡張するものもあります。DSOは、図12に示すようなシリアル・プロセス 構造により、信号を取込み、画面上に表示します。次に、このシリアル・プロセス構造について説明します。.
シリアル・プロセス・アーキテクチャ
DSOにおいても入力部分は、アナログ・オシロスコープと同様に 垂直アンプを通じて行われます。この段階では、垂直調整によっ て振幅とポジション範囲を調整できます。次に、水平回路内の A/Dコンバータが、離散的な時間間隔で信号をサンプルし、これ らのポイントにおける信号の電圧を「サンプル・ポイント」と呼 ばれるデジタル値に変換します。この処理を信号の「デジタル化 (AD変換)」といいます。
水平回路のサンプル・クロックにより、A/Dコンバータのサンプ リング間隔が決まります。このサンプリング時間の間隔を「サン プル・レート」といい、S/s(サンプル数/秒)の単位で表します。
A/Dコンバータから出力されたサンプル・ポイントは、「波形ポイン ト」としてアクイジション・メモリに保存されます。複数のサン プル・ポイントで1つの波形ポイントを構成する場合もあります。 複数の波形ポイントが1つの波形レコードを構成します。1つの波 形レコードを構成する波形ポイントの数を、「レコード長」と呼び ます。トリガ回路によって、レコードの開始点と終了点が決めら れます。
DSOの信号伝達経路にはマイクロプロセッサが含まれ、計測され た信号は、このマイクロプロセッサを経てディスプレイへ送られ ます。このマイクロプロセッサは、信号処理、表示機能の制御、 前面パネルのコントロールなどを行います。信号は、次にディス プレイ・メモリを通り、オシロスコープの画面に表示されます。
オシロスコープによっては、サンプル・ポイントにさらにデータ 処理を加えて、波形表示機能を拡張するものもあります。トリガ 点以前に起きた現象を観測することができる、プリトリガという 機能がついたものもあります今日のデジタル・オシロスコープ の多くは、パラメータにより自動的に測定を行うことができます ので、測定が簡単に行えます。
図13に示すように、DSOは単発取込み、複数チャンネルの測定 性能に優れているため、繰返しが少ない、または単発の信号、あ るいは高速、多チャンネルの波形観測をする場合に最適です。デ ジタル回路設計の分野では、エンジニアは同時に4つ以上の信号を 観測することが多いので、DSOが欠かせません。
デジタル・フォスファ・オシロスコープ(DPO)
DPO(デジタル・フォスファ・オシロスコープ)はまったく新し い構造のオシロスコープで、独自の波形取込、波形表示を実現し、 正確な信号再生が可能です。 DSOは信号の取込み、表示、解析をシリアル・プロセスで行うの に対し、DPOは図14に示すような並列処理(パラレル・プロセス) を行います。
DPOは、波形イメージを取込むための専用のASIC ハードウェアが組込まれているのが特長で、これにより取込レー トを上げ、信号の表示レベルを上げることができました。このよ うな高性能構造により、ラント・パルス、グリッチ、トランジション・ エラーなど、デジタル・システムで発生する過渡的現象をより確 実に捉えることができ、さらに後から解析することもできます。 次に、並列処理構造について説明します。
並列処理アーキテクチャ
DPOでも、入力部分はアナログ・オシロスコープと同様に垂直アン プを通じて行われます。次に、DSOと同様にA/Dコンバータが働 きますが、DPOはA/D変換に続く動作がDSOとは大きく異なり ます。
アナログ・オシロスコープ、DSO、DPOにかかわらず、どのよう なオシロスコープでも必ずホールドオフ時間があります。これは、 オシロスコープが取込んだばかりのデータの処理、システムのリ セットを行い、次のトリガを待つ時間のことです。この間に発生 した現象は、オシロスコープで確認することができません。ホー ルドオフ時間が長いと、まれにしか発生しない現象や、あまり繰 返されない現象は捉えにくくなります。
表示更新レートを見ても、波形を取込める確率はわかりません。 更新レートだけを見ていると、オシロスコープが波形情報をすべ て適切に取込んでいるように見えても、実際はそうでないことも あります。
デジタル・ストレージ・オシロスコープは、波形をシリアルに取 込みます。波形の取込レートはマイクロプロセッサのスピードで 決まるため、マイクロプロセッサのスピードがボトルネックにな ります。
DPOは、デジタル化した波形データをデジタル・フォスファ・デー タベースにラスタライズします。このデータベースに記録された 信号イメージのスナップショットは、1/30秒ごと(人間の目が感 知できるおおよその最大速度)に直接ディスプレイ・システムに 送られます。このように、波形データを直接ラスタライズし、デー タベースからディスプレイのメモリに直接コピーすることにより、 アナログ・オシロスコープやDSOで発生していたデータ処理のボトルネックが解消されます。その結果、リアルタイム性が向上し、 波形表示の更新をリアルタイムに行えます。信号の詳細情報、間欠的現象、信号の動きもリアルタイムに表示されます。DPOのマイクロプロセッサは、表示管理、測定の自動化、制御などの処理 を並列に行うので、取込スピードに影響を与えることはありません。
DPOは、アナログ・オシロスコープの忠実な波形表示に匹敵する 時間、振幅、時系列的な振幅の分布をリアルタイムに3次元で表現します。
化学的蛍光体を使用するアナログ・オシロスコープと違い、DPO は完全に電子的な蛍光体を使用します。デジタル・フォスファは、 常に連続的に更新されるデータベースです。このデータベースに は、オシロスコープの表示画面の全ピクセルに対応した信号情報 の「セル」があります。波形が取込まれるたびに(オシロスコー プがトリガするたびに)、波形データはデジタル・フォスファ・デー タベースのセルにマッピングされます。各セルは、それぞれスク リーン上の個々の位置を表し、波形が送られると輝度情報が増加 します。こうして、波形が送られる回数が多いセルほど、輝度情報が多くなります。
デジタル・フォスファ・データベースがオシロスコープのディスプレイに送られると、アナログ・オシロスコープの輝度階調表示 と同様に、各点の信号発生頻度に応じて波形領域が明るく表示されます。DPOでは、アナログ・オシロスコープと違い、発生頻度 の違いをカラーによるコントラストで表示することもできます。 DPOでは、トリガごとに毎回発生する現象と、数100万回に1回程度発生する、まれな現象の違いも簡単に観測できます。
DPOは、アナログ・オシロスコープとデジタル・オシロスコープの技術の境界を取払いました。DPOは、低周波から高周波、繰返 し波形、単発現象、変動する信号のリアルタイム観測に最適です。 また、唯一DPOだけがDSOになかったZ軸(輝度)を提供します。
DPOは、汎用設計、さまざまなアプリケーションのトラブルシュー ティングのツールとして最適です(図15参照)。たとえば、通信 マスク・テスト、間欠的な信号のデジタル・デバッグ、繰返し信号の設計、タイミング・アプリケーションなどに適しています。
ミックスド・ドメイン・オシロスコープ (MDO)
ミックスド・ドメイン・オシロスコープ(MDO)は、スペクトラム・ アナライザとMSO、DPOの機能を1台に統合した計測器であり、 デジタル、アナログ、RFドメインの信号を、相関をとりながら表示できます。組込み設計を例に考えると、プロトコル、ステート・ ロジック、アナログ、RF信号を、時間的に相関をとりながら観測できます。各ドメイン間のイベントが詳細に観測できるため、作業時間が大幅に短縮できます。
ミックスド・シグナル・オシロスコープ (MSO)
ミックスド・シグナル・オシロスコープ (MSO)はDPOの 性能に、パラレル/シリアル・バスのプロトコル・デコード機能 とトリガ機能を含む16チャンネル・ロジック・アナライザの基本機能が組み合わされています。
MSOのデジタル・チャンネルは、 デジタル回路の信号をデジタル・ハイまたはデジタル・ローとし て表示します。これは、リンギング、オーバーシュート、グランド・ バウンスなどによるロジックの遷移が発生しないことを前提とし ています。MSOではアナログ特性は無視されます。MSOは、ロジッ ク・アナライザのようにスレッショルド電圧を基準にして信号が論理ハイなのか論理ローなのかを判断し、表示します。
MSOは、強力なデジタル・トリガ機能、高分解能アクイジション 機能、解析ツールを装備しており、デジタル回路をすばやくデバッグすることができます。図17に示すように、信号のアナログ部と デジタル部の振る舞いを同時に解析することで、多くのデジタル 問題の原因をすばやく特定することができます。このようなデジ タル回路の検証、デバッグにはMSOが適しています。
デジタル・サンプリング・オシロスコープ
デジタル・ストレージ・オシロスコープ、デジタル・フォスファ・ オシロスコープの構造とは対照的に、デジタル・サンプリング・ オシロスコープの構造は、図18に示すように、アッテネータ/増幅器とサンプリング・ブリッジの位置が逆になっています。入力信号のサンプリングが先で、そのあと減衰、増幅が行われます。サン プリング・ゲートにより信号は低い周波数に変換されているので、 ブリッジのサンプリングの後、低い帯域の増幅器を使用でき、そ の結果、帯域幅の非常に高い機種となります。
しかし、この広い帯域のトレードオフとして、サンプリング・オシロスコープはダイナミック・レンジが制限されます。サンプリン グ・ゲートの前には、アッテネータも増幅器もないので、入力をスケーリングすることはできません。サンプリング・ブリッジは、 常に入力の全ダイナミック・レンジを処理できなければなりま せん。このため、ほとんどのサンプリング・オシロスコープのダ イナミック・レンジは1V p-p程度に制限されています。一方、デジ タル・ストレージ・オシロスコープとデジタル・フォスファ・オ シロスコープでは50~100Vの電圧を扱えます。
また、帯域を制限することになるので、サンプリング・ブリッジ の前に保護ダイオードを配置することができません。このため、サンプリング・オシロスコープへの安全な入力電圧は3V程度にな ります。他のオシロスコープでは、500Vの電圧でも問題ありま せん。
DSOまたはDPOで高周波信号を測定する場合、1回の掃引で十分 なサンプルが収集できない場合があります。デジタル・サンプリン グ・オシロスコープは、周波数成分がオシロスコープのサンプル・ レートよりもかなり高い信号を正確に取込むのに適しています(図 19参照)。サンプリング・オシロスコープは、他のオシロスコー プに比べてもかなり高速な信号であっても測定できます。繰返し信号については、他のオシロスコープの10倍の帯域およびスピー ドが可能です。シーケンシャル等価時間サンプリング・オシロス コープでは、80GHzまでの帯域が可能です。